4月。とある高層ビルの会議室。

 

「採用期間は早ければ、早いほど、学生を獲得しやすい」

 

ザ・サラリーマンといった感じの男が熱弁を奮っている。

 

その隅で、この場には似つかわしくない、今風の30代半ばの男が愚痴をこぼしている。

 

「なんで、俺も出席しなきゃいけないんすか。」

 

「いいじゃないか。何事も勉強だよ。」

 

ナイスミドルが、今風の男をなだめる。その貫禄の前では、今風の男は、新入社員にしか見えない。

 

「マジ、ハメられたわ。前回の宴席の時も・・・」

 

そうヒートアップした所で、ザ・サラリーマンの視線が、今風の男に向かった。

 

「中田。君はどう思う?」

 

ナイスミドルが笑う。

 

「ちょ、上川さん。笑い事じゃないですよ。」

 

「質問しているのは、上川さんじゃない。私ですよ。」

 

「分かってますよ、西澤さん。」

 

中田が渋々と答える。

 

「新入社員採用試験を早く開始したって、どうせ意味ないですよ。」

 

会議を無力化するような発言に、管理職たちがザワめくが、上川だけは優しい表情で、下を向いて聞いている。

 

「だって、考えても見てください。今年の人気企業ランキング見ましたか?ウチみたいな、新興企業は入っていない。というよりも、ホテル業界は3Kだ、なんて言われていますからね。飲食業界がブラック企業として、取り上げられているのもダメージっすね。」

 

その冷静な分析を予想していたかのように、上川は頷く。ザワついていた管理職たちも静まり、いつしか、中田のプレゼンテーションの場となっていた。

「ウチのホテルは、オーナー、いや社長と総支配人が、そういった風潮を変えるために作られた。実際、僕も、ここの給料には満足してます。」

 

そういった所で、管理職たちも笑顔になる。

 

「けれども、企業ブランドはない。だから、優秀な人材を採用した所で、他が受かれば、蹴られますよ。」

 

「じゃあ、どうすればいいんだ!?」

 

人事部である西澤は、他の出席者のように、笑顔で話しを聞くわけにはいかない。少し苛立ったような口調で、話を遮った。

それでも、中田は動じない。この強心臓、自分への自身を上川は買っている。

 

「そうっすねぇ。二つあるかな。」

 

「二つ?」

 

総支配人である川淵が口を開いた。

 

「えぇ。一つは、採用試験を遅らせる。そうだなぁ。11月とかでもいいんじゃないっすか。」

 

会議室が再びザワつく。

 

「何をバカなことを・・・」

 

「だって、11月に受かったヤツは絶対辞めないっすよ。むしろ、採用にしがみつく」

 

「でも、それじゃあ、優秀な人材が集まらないのでは?」

 

「それは、先ほど申し上げたように、何月にやっても一緒ですよ。トヨタに勝てますか?僕らが考えなければいけないことは、ウチのブランドイメージをあげることですよ。僕は、ウチのスタッフは、日本最高クラスのホテルマンが集まっていると思っていますよ。ホテルバカである・・・」

 

「中田」

 

「やべ、ホテルを愛されている社長と総支配人が、各地から引き抜いてきたスタッフばかり。そりゃあ、こういった意見の食い違いはあるけど」

 

「中田」

 

「いやいや、それでいいんじゃないですかね。それで、開業一年目、来週発売のホテルランキング、日経ビジネスもダイヤモンドも、ウチがリッツ、帝国を抑え一位になるっていう情報が」

 

「本当か?」

 

管理職たちに歓喜の色がみえる。

 

「えぇ。」

 

「どこから、こんな情報が。お前、またお客様から聞きだしたな」

 

「いやいや、これは上川さんが・・」

 

咳払いがなる。

 

「あっ、まぁ、出所は。で、そういうホテルな訳です。あとは、ここで、働きたいと思わせることを考えればいいんですよ。やりがいとかをみせるような。」

 

上川と川淵、そして社長である岡野がニヤリとし、川淵が話し始めた。

 

「そうですか。中田君の提案は実に面白い。いやー、実はNHKプロフェッショナルから撮影依頼があったんですよ。ウチのホテルの特徴であるドアマン、それも中田君の撮影をしたいってね。ちょうど、良かった。中田君、断る理由はないですね?」

 

中田は、上川を睨む。

 

「またハメやがったな、ジジイ。汚ねぇぞ」

 

 

 

ホテルKOSは創業一年目のホテルである。

 

社長である岡野は、元々、IT企業の創業者である。東証一部上場で手にした資金を元に、多くの事業を手がけ、さらに資金を増やし、世界の長者番付にランクインした。そんな岡野が突如、関わってきた企業の役員から名前を外し、話題になったのが一年前。そして、現在、自身の資金で土地を購入し、ハイパータワーを立て、このビルの社長業のみに専念している。

 

このオフィスも入るビルの知名度を高くしているのは、なんといってもホテル。

 

そのホテルの設計から運営まで、全て指揮したのは、副社長であり、総支配人である川淵というのは業界内での噂である。

川淵は、東京YMCAホテル大学を卒業し、帝国ホテルを経て、会員制ラウンジの雇われ社長を務めたバリバリの叩き上げである。そのラウンジで、岡野と出会い、ホテルKOSを作り上げた。

 

ホテルKOSは、まさに川淵の理想のホテルとなっている。

 

<第二話に続く>